狼母さんと2匹の子山羊

軽度知的障害児と、そのお姉ちゃんの育児記録。

妊娠中のこと 7

羊水検査を受けて10数日経った頃、メイのお昼寝中に家事をしていると、病院から携帯に電話がありました。


羊水検査を担当してくれた先生からで、

「検査結果が出ました」

とのこと。


私はドキドキしながら

「結果は次の診察の時じゃないと聞くことができないと、(主治医の)先生から聞いています」

と言いました。


すると、

「いや、このお電話でお伝えできますよ」と。






「それがね、染色体異常…なかったんですよ…」


先生は検査結果にすごくビックリというか、動揺されているようでした。


私が「本当ですか!??良かったー」と言うと


「いや、うん、良かったんだけど、でもじゃあ何で…」

と、先生、本当に動揺してました。


そして、羊水検査では陰性だったけれど、出産後に他の染色体異常が判明する可能性があること、


心臓や腎臓等の病気を持っている可能性があること


お腹の赤ちゃんが嚢胞性ヒグローマなのは事実なので、今後も死産の可能性は続くこと


いろいろな可能性について、ゆっくりお話してくれました。



私は先生にお礼を言い、電話を切りました。


電話を切った後、一気に気が抜けて、ホッとして、その場に泣き崩れてしまいました。


安心して大泣きしたことなんて、今まで生きてきて、後にも先にもこれっきりです。

妊娠中のこと 6

羊水検査の結果が出るまでの間、検査でわかる4種類の染色体異常について、徹底的に調べました。


偉そうな言い方ですが、どの程度の障害であれば、自分が受容できそうか、ものすごく悩みました。


そして一人で散々悩んで出した結論が

「羊水検査で陽性が出たら、堕胎する。陰性な、出産する。」


産む前に、重い染色体異常があると判っているのに、それを受け入れて愛情を注いで育てていく自信など、私にはありませんでした。


何より、重い障害のある赤ちゃんを産むことで、健常児のメイの人生に負担になるようなことは避けたかったのです。



当時、私は結婚しており(今は離婚してシングルマザーです)、夫であり、お腹の中のヨウと、当時1歳のメイの父親でもある男性と一緒に暮らしていました。


しかし、メイを出産後、夫婦関係は悪化。


この時も、お腹の中にいるヨウのことを私がいくら相談しても


「産むのも育てるのもお前なんだから、どうするかはお前に任せる」


の一点張りで、全く話し合いになりませんでした。


それなのに、私の出した答えを伝えると

「え、殺すの?」

と、汚い物を見るような表情を浮かべて、責め立ててきました。


いつもそうでした。

夫婦の話し合いはしない、私に決めさせる、なのに、こちらが決めた事に文句を言い、自分は協力しない。


もし、赤ちゃんを産んで障害があっても、この人は今まで通り何もするつもりはないのだと、子供は私一人が育てるしかないのだと、思い知った瞬間でした。

妊娠中のこと 5

1時間ほど分娩台の上で休んだ後、車椅子で病室へ移動しました。


ここでもう一度、羊水検査後は流産リスクがあるから動いちゃいけない、と説明がありました。


病室は大部屋で、昼食をとって夕方まで眠っていました。


検査後に飲んだ子宮収縮を予防するお薬の副作用で目眩があって、気持ちが悪かったからです。


この日は自分で車の運転をしないように先生から言われていたので、送迎を実父に頼んでいて、16時頃に退院手続きをし、迎えに来てもらって帰宅しました。




採取した羊水ですが、病院内で検査するのではなく、県外の検査機関に出して分析をお願いするので、10〜14日かかるとのこと。


「電話で結果をお伝えすることはできないので、診察時に直接お話します」


「人工妊娠中絶できる週数が迫っているので、検査結果後、どうするのか考えておいてください」


産婦人科と小児科の先生方は、十中八九、検査結果で陽性がでると思っている口ぶりで、あと産む産まないは夫婦で考えてくださいといった感じでした。


羊水検査を終えてホッとする間もなく、今度はお腹の赤ちゃんを産むか産まないか、残酷な悩みが頭を擡げます。